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2012年1月31日 (火)

二度の豆腐作り

先日、子どもたちと豆腐作りをし、今日、また2度目の豆腐作りをしました。

一度目は、地域の豆腐店ご夫妻に来ていただき、あれやこれやと指示してもらいながらの作業でした。
ボランティアで保護者の方も5人参加して下さり、用の済んだ器具の洗い事など、テキパキと支援してくださいました。
それは、もう本当にありがたく(私が体調不良でろくに声が出なかったから、なおさら)、ことはスムーズに運んだのでした。
豆腐も(だいたい)上手くできて、豆腐店のご主人も思わず「美味い!」と叫んでしまうほどの濃厚で旨味たっぷりの手作り豆腐ができたのでした。

じゃあ、なぜ、今日、わざわざ2度目をしたのか、と言うと・・・・

 一度目は、そんなことでとてもスムーズに作業が流れ、スムーズ過ぎて、子どもたちが立ち止まって考えたり「ああだこうだ」と考え合う場面がほとんど無かったのです。
「自動的」に豆腐ができちゃった、という感じだったのです。
子どもたちが活動するとき、もちろん、終着点は大事ですが、そのプロセスこそがもっと重要です。
モノ・コトが進んでいく、その過程を子どもたちが共に体験しなければ行けません。
他者に引っ張られて、わけの分からないままに「上手くいった!」ということになってはいけないのです。

 1回目は、ともすると支援の手が多すぎて、子どもたちが「自分たちで豆腐を作った」という実感を持てないままに終わってたと、私は見てて思いました。
もちろん、プロの技を間近に見ることは貴重で刺激に満ちた時間でしたし、指示されながらもいろいろな活動はしていましたから、それはそれで大変有意義ではありました。
 しかし、これで「自分たちの豆腐作りはおしまい」とするには、ちょっとどうかと思いましたので、本日は、「今度は、君たちだけで作ってごらん。忘れたことはグループで思い出し合ったりしながら」と言いました。
 今日はゲスト・ティーチャー無し、私と子どもたちだけで取り組みました。
 もちろん、キケンな局面や、どうしても大人が手を貸す部分はあります。
 そういうときでも、しっかりと見させます。
「目にモノ見せる」ことはとても大事です。
 お手伝いの大人がいませんから、当然、作業も増えました。
 火加減、こげつかないようにオタマでかきまわすこと、温度計の注視、にがり投入後の観察などなど・・・(あっ、もちろん、昨日の夕方、大豆を水に浸けるところから子どもたちにやらせています)手順のほとんど全てを子どもたちが担い、熱湯の処理など危ないところだけ、私がするのを見せました。

 豆腐はうまく固まり、全体で5丁ほどでした(一人わずか3切れ)が、じっくりと味わっていただきました。
「おから」は、「また、これで何か作ろうね」ということで冷凍してあります。

 子どもが活動を自分のものとして引き寄せるにはお仕着せの「やらせ」ではダメです。
「やらざるを得ない必然的な場面」を設定してあげることが、私たちの支援なんですね。

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